新しい「お金」が、少しずつやってくる(エッセイ)

遅ればせながら、「じぶんコイン」というWEBアプリに登録してみた。ツイッターのアカウントに紐付けされたトークンを発生させて、それらを交換することができるというものだ。

仮想通貨はまず一般通貨による購入から始めることで、価値を(ある程度)担保するけれど、この「じぶんコイン」は登録時のフォロワー数で発行数が決められて、そのあとは「エアドロップ」という仕組みで、無からコイン(トークン)を生成できる。

 

つまり、コインはほぼ無価値の状態から始まる。それを対価として設定し、何らかの作業を受託したり、逆に委託したりすることができる。もちろんサービスだけでなく、財の交換にも使える。

 

リリース時は、「それだとタダ働きや無償提供が起こりやすくなるのでは?」という懸念があってちょっと様子見をしていたけれど、どうやら使う側のリテラシーの問題なので杞憂だったようだ。

 

杞憂というか、提供するサービス・財の対価になる自分コインの枚数を増やすなどして自分で制御すればよいということに気づき、始めてみることにした。

まだ具体的な対価の設定などはしていないけれど、イラスト・テキスト・演奏など、「じぶん」の得意分野で価値を提供できたらと思う。

 

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「じぶんコイン」に触れて思ったのは、このサービスに似たものが過去にあったということ、そしてお金とは何か、ということだった。

 

10年くらい前に、地元の団体に参加していた頃、たしか「四方贈価」という活動が始まったというのを聞いたことがある。

 

それはみんなが通帳を用意して、そこに自分が受けたサービスと、その対価となる数字(サービスの提供者が決める)を手書きで書き込む。というものだった。

 

人それぞれにできること、得意とすることは違う。それならば、通貨を経由せずに財・サービス同士で交換する仕組みがあればいいのではないか、ということで、確かミャンマーあたりの仏教圏で始まった活動だったと思う。

 

今「四方贈価」でGoogle検索をしても全然ヒットしないので、おそらく別の名前なのだけど、そういう活動があったことは確かだ。

 

しかし、それは普及しなかった。おそらく通帳に書くのが手間だったり、対価の設定に対するコンセンサス(相場とか?)がない状態が利用者間の不信感を招いたりしたのだと思う。

 

それが今回、WEBを利用した同様の仕組みが生まれたことで、「四方贈価」の理念のようなものが、図らずも引き継がれたような気がしている。

 

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もう一つは「お金」とは何か、ということで、これについては長くなりそうなので、2つのテキストを紹介するにとどめる。

 

一つは最近Twitterで見かけた「お金ゲーム」についてのテキスト。tumblrにまとめられていたものがあったので以下のリンクからどうぞ。

もう一つは、どうやら上記のゲームの元ネタらしいのだけど、高校生の頃、教科書で読んだ「ホンモノのお金のつくりかた」(「ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)」収録)というテキストである。

どちらも、お金とは何かということについて、ぼんやりと考えていたことをハッキリさせてくれる良いテキストだった。

 

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昨今の仮想通貨を皮切りに、価値と対価に対するブレイクスルーが始まっているのだと思う。

 

それが資産家や有名人だけのものではなくて、日々をどうにかこうにか暮らしている、自分たちのような人間のブレイクスルーであるとしたら、まだそれは発展途上であると言えるだろう。

 

だけど、僕はこの展開のゆっくりさもまた、良いものだと思う。10年前に考えられていた仕組みでも、インフラや付加的なアイデアが台頭するまで眠っているのは自然なことだし、急激な社会の変化についていけない人々が、全員淘汰されていいはずがない。

 

もちろん、勇気を持って新しい世界に飛び込んだ人達には、それにふさわしい報酬が与えられていいと思う。

 

その一方で、そういったアーリーアダプターではない人たちにとっても居心地の良い世界でなくては、今までの「お金」が別なものに変わっただけで、社会そのもののアップデートにはなりえない。

 

などと偉そうに言ってみても、結局舵取りができるのは、自分の立ち振る舞いばかりである。

 

いたずらに変化を煽らず、しかし柔らかい頭でそれを見つめていくことで、誰かの生きていくための「仕方ない」を少しでも減らす一助になれたら、ただただ嬉しい。

(引用元:2018年9月5日の日記より抜粋)




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