帯広市近郊で「しょぼい起業で生きていく」を考える その5

2019年1月7日(月)

 

新年早々、体調を崩す。若い頃に比べると、精神よりも身体的な不調の割合が多くなってきた気がする。あるいは元々そうだったのかもしれない。

 

それでもタイムバンクの初リワード対応だけはできた。タイムバンクは、自分の作業時間を秒ごとに販売し、その秒数に応じた「リワード」を提供する仕組みのアプリである。

取引が終わるとその分の作業時間が自分の元に戻って、またその分を販売できる…のだと思う(まだ取引完了してない)。トレードもあるので秒数の価格も変動する。

(追記:3,600秒分のリワード対応をすると、また販売できると教えていただきました!)

 

note.muやVALUなどもやってみた中で、タイムバンクが今のところ一番収入になっている。イラスト受注という業種が、リワード形式とマッチしているのかもしれない。そういえば、skebも登録はしたものの、携帯から画像のアップロードができず放置しているんだった。

 

今週はもう1件、大きなリワード対応があるので、気合いをそこに集中させていく。モチーフの練習を始めたので水曜日あたりには第1案を提出したい。

 

***

 

今日は午後から知り合いのギター・ベース教室に行ってみた。彼は芽室に住んでいて、教室は帯広の実家を間借りしている(お母様にもお茶を出していただいた)。

自作の曲のコードを解釈してもらったり、我流の弾き方が手首に余計な負担をかけていることを指摘してもらったりした。

 

残りの時間で最近どうなのということで、「しょぼい起業で生きていく」の話をした。「えらいてんちょうさん」だと名前のインパクトに全部もっていかれそうだったので「矢内さんって人の…」と紹介する。

 

「自分でお店はやらないの?」と訊かれたので、あいかわらず体調の乱高下があることと、先日の食事会に参加して、これでいいじゃんと思ってしまったことなどを話しているうちに、自分もサックスの講師として教室に参加したいと申し出て、受領されてしまった。サックス講師になりました。

 

まわりの民家とは距離があるので、おそらく大丈夫ではあるが、念のため夜も迷惑にならない音量かを後日確認することに。

生徒が来るのか?という気もしなくもないが、とりあえずFacebookで報告したところ、昔お世話になっていた飲み屋のマスターから、久々にいいねがついていた。

 

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岡田斗司夫さんの「僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない」に登場したキーボード奏者の方に近い境遇になってきたような気がする。親族の仕事を手伝い、小さな仕事をいくつかやって、自分の好きなことでも対価をもらう。どれも本当に有難い。

 

生計の維持のために、店番・イラスト・楽器、それぞれの水準は高めていくとして、あと他に資本化できる能力(能力の資本化…は当たり前の概念か)は自分にあるだろうか?それを求めてくれる人がいるとして、彼らとどうすれば出会うことができるだろうか?そもそも何をもって「能力」というのか?

 

そういうことを考えると、なるほど「あいまいな場」があると強いんだな、と思う。ジモティーとかは確かにマッチング装置にはなるけれど、ニーズの掘り起こしにはならない。掘り起こしたニーズをマッチングさせる時、見ず知らずで単純接触の無い相手に頼みづらいこともある。

 

現に今回も、話の流れでなんとなく新しい職業?を始めてしまうことになった。その「話の流れでなんとなく」が発生する場を恒常的に存在させることができれば、喜んでくれる人がいるのかもしれない。

 

あるいは「場」を作るのではなく、「話の流れでなんとなく」を持ち運ぶ人になれないだろうか?自分がよそで聞いた話を、別な人につなげることができれば、場のもつ役割を果たすことになるけれど…これは効率が悪いし、何より間に入る人間の資質に左右されてしまう部分が大きい。

 

となると、すでに自然発生している「あいまいな場」を収集するということではどうか?お店や食事会、定例会祭されているイベント、そうしたもののうち、「場」として機能しているものが地元にもいくつかあるはずだ。

それらを「渡る」人間がいれば、利益を得られるのは自分だけではないかもしれない。

 

しかしその場合も、結局は「渡り」の人間の資質が問われる。つまり「場」は一個人の資質にそれぼど準拠しないという意味でも強力で、逆に「話の流れでなんとなく」はその場のドライブ感が効かないと成立しないということでもある。

 

いくつかの理由で、実店舗を持たないスタイルの「しょぼい起業」を目指す自分にとって、この「場」の問題については、もうちょっと考えを膨らましていきたい。ただ今は手詰まりという感じなので気持ちを切り替えて、しばらく作業を進めておこうと思う。

 

つづく

 

“帯広市近郊で「しょぼい起業で生きていく」を考える その5”への2件の返信

  1. 隊長の浮き沈みは僕にもあります。それも極端に。プログラムをバリバリ打てる日もあれば、何も出来ず1日中寝てるような日もあります。

    サボってるとかじゃなくて、頭はパンク状態で、体は脱力。寝るしかない。いつ回復するかわからない恐怖が追い打ちをかける。

    頑張れって言われて頑張れるうちは正常。励まされても何も出来ないときはあるものです。こういう体質と付き合っていくには強い精神力が必要で、なkなかうまくいくことではない。

    時間が解決してくれるのを待つしかないのだろうか。苦しい。

  2. コメントありがとうございます。私も自分の気力が思い通りにならないことほど、無力感を感じることはそう無いと思っていて、僭越ながらサトルン様の心中をお察しします。

    強靭な精神力というものがあれば、そもそも体調に左右されることなく作業を消化できてしまうんですよね。自分の場合はその弱さを責めることが、結局は最も精神力を浪費してしまうことになるので、例えば「自分の活動周期が24時間に合わないのだ」「倫理より体調」などと都合の良い(やや危険な)理屈をこねて、正当化してしまうようになりました。

    あとは気力・体力とは別に「神経」および「血流」のリズムがあるようで、これをカフェインやサウナなどで矯正することには一定の効果がありました。とくに冬季は体調を崩すので、苦しみも味わえる程度まで緩衝するために、あれこれと試したり、試す元気もなく塞ぎ込んだりして過ごしています。

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